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わたしのあしながおばさん

 
139 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時33分04秒

「はい、じゃあちょっと休憩ー」

ふぅ…、やっと一休みできるよ…

「あ、加護、ちょっとこっち」
「あ…はい」

歌の先生に呼ばれた。…大体、何言われるかはわかってるけど。

「…お前なあ、全然声が出てないぞ? もうちょっとしっかりやってくれよ?」
「…すいません……あの…ちょっと風邪気味で…」
「はあ…ま、ひいちゃったもんはしょうがないけど…自己管理をしっかりやるのも
 仕事のうちなんだからな?」
「…はい」
「うん、じゃあ行っていいよ。少し休んでこい」


…ウソついちゃった。本当は風邪なんてひいてないんだ。
昨日の夜テレビ見てたら、今日、歌のレッスンがあるってことすっかり忘れて
夜更かししちゃったんだよね。やっぱり寝不足だと全然声が出ないや。
…ちょっぴり自己嫌悪。
 
140 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時34分04秒

稽古場から出ると、みんな思い思いの格好で休憩をとっていた。
その辺にあった雑誌をうちわ代わりにしてぱたぱたあおいでたり、
テーブルの上にグデ〜っと突っ伏してたり。
わたしも適当に空いてる場所に座って一休み。

そしたら、まだまだ元気があり余ってるけど、誰も相手をしてくれなくて
手持ちぶたさん…じゃなく手持ちぶさたになってたののがこっちにやってきた。

「ねえあいぼん、何の話だったの〜?」
「え…あ、いや、何でもないよ」
「ふ〜ん」

なんか先生に注意されてたとは言いにくくて視線をそらす。
そのとき、ふと自分のバッグが不自然にふくらんでたのに気がついた。
 
141 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時34分34秒

一体なんだろう…チャックもちょっとだけ開いてるっぽいし…
…ま、まさか爆弾!? …なわけないか。

ちょっと確かめてみよう。
自分のバッグのとこに行ってそれを開けてみた。
ん? これ…

「はちみつ入り…のど飴?」

こんなの今日は持ってきてなかったのに…何で入ってんだろ。

「飴……飴……あ…」

ふと「飴玉=のの」という等式が頭の中に浮かんだ。
早速それを持ってって聞いてみることにする。

「ね、これ、もしかして…」
「…あっ、飴玉! …あいぼん、それ、ののも欲しいな〜。1個ちょうだいよ〜。
 あ、できれば1個と言わず2個、3個…」

指を口にくわえて上目使いでおねだりのポーズをとるのの。
じゃあこれ、ののが入れてくれたんじゃなかったんだ…
…ていうかのの……よだれ…よだれたれてるし……ちゃんと拭かなきゃ…。

「ね〜、早くちょうだい〜」
「あ…うん、はい…」
「やった〜!」

わたしもそれを1個、口の中に放りこむ。
はちみつの甘さがノドに広がっていった。
 
142 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時35分26秒

「ん〜、おいし〜い! てへへへ…」

隣りでののが幸せそうな顔をしてほっぺたをおさえてる。
うん、おいしいよ、おいしいけど、でも…一体誰が入れてくれたんだろう?
ののじゃないとすると……う〜ん……はちみつ……あっ!

「矢口さん、あの…」

今度はその飴玉の袋を持って矢口さんのとこに行ってみた。

「…お、加護、あんたいいもん持ってるねえ。それ、矢口にも1個ちょうだい」
「あ、どうぞ…」

矢口さんは飴玉を口に入れると、またさっきみたいに壁によっかかって
ぐで〜っ、となってしまった。なんかちょっとニヤニヤしながら「しげるぅ…」とか
言っている。

はちみつからプーさんを連想して矢口さんのとこ行ってみたんだけど…
やっぱり違ったみたい。じゃあ一体誰なのかなあ。
周りをぐるっと見まわしてみても…ちょっとわかんないや。
 
143 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時36分29秒

そうこうしているうちに、歌の先生が
「はい、休憩終わり〜」
と言って、手をパンパン叩きながらやってきた。

休み時間終わっちゃった。
ま、しょうがない…飴を入れてくれた人を捜すのはまたあとでにしよっと。


午後の歌のレッスンが始まる。
さっきとは全然違って、今度はしっかり声を出すことができた。
うん、きっとあの飴のおかげかもしれない。

「お? 加護、さっきより全然声がでてるじゃないか。なんだ、もしかして
 休憩したら風邪も直っちゃったのか?」
「えへへ…まあ…」
「ったく調子のいい奴だなあ…ま、いいか。それじゃ続きやるぞー」
 
144 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時38分02秒

そうして何とか無事今日のレッスンも終了。

「ふわぁ〜…疲れたぁ……あ、そだ、ええっと…」

人探しの続きということで他のメンバーの人達に声をかけてみようと
思ったんだけど…

「ねぇよっすぃー、今日の帰りサウナ寄ってかない?」
「おっ、い〜いねぇ〜〜」
「あー! 私も行きた〜い! ねえいいでしょ、よっすぃ〜」
「え…梨華ちゃんも来るの…?」
「…だめ? そ、そんなぁ〜……ごっちん…ひどいよぅ……くすん…」
「あ…う、ウソウソ! 全然大丈夫だって! ね、よっすぃー…?」
「あ、うん…そだね、り、梨華ちゃんも一緒に行こっか! ね?」
「…えっ、本当にいいの? ヤッタァ!」
「はは…は…」
145 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時38分41秒
「ねえ圭織〜、ちょっと帰りに矢口と買い物寄ってかない?」
「あ〜、いや、今日は疲れてるからパス。もう帰って寝る。寝まくる」
「っかぁ〜、年寄り臭いこと言ってるねぇ〜」
「あたしゃ矢口と違って体がでかいからあまり燃費がよくないんだよ…」
「アハッ、な〜に言ってんだよ圭織は〜…ってじゃあオイラは軽自動車かよっ!
 いや、むしろ軽トラだって言いたいのかよっ!?」
「……矢口、疲れない?そうやってつっこむの…」
「…うん、ちょっと…」

みんなもう帰る準備をしてるみたい。
 
146 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時39分19秒

えーと…じゃあ残ってるのは安倍さんと保田さん…あれ?

「あの〜、矢口さん。保田さんってどこ行ったんですか?」
「ああ、圭ちゃん? 圭ちゃんだったらアヤカと焼き肉食べに行くって言って
 さっさと帰っちゃったよ? なに、何か用だった?」
「あ、いえ…」

いつもながら保田さんは行動が素早いなあ…なんて思ってたら、
ののがこっちに走ってきた。

「ねえあいぼ〜ん、何だかおなかすいちゃったからお菓子買って帰ろうよ〜」
「…そだね」

もうみんな帰っちゃうみたいだし…そうしようかな。
わたしも自分の持ち物をバッグに詰めて帰る準備をする。

「じゃあそういうわけで………あっ…!」

部屋を出る前に挨拶をしようと思って振り返ったそこには…

「……みんな帰りにどっか行くの? なっち、一人ぼっち?」

…安倍さんが1人、目をうるうるさせていた。
 
147 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時39分56秒

「…そうだよね……そうそう……なっちはいつだって一人ぼっち、
 孤独な一匹狼さ……へへっ……」
「あ、安倍さん…」

…何もそんな…1人で部屋の隅っこいじくってなくても……

「…そ、そうだ! 安倍さんも一緒に帰りましょうか!」
「…えっ……いいの?」
「いいですって! ほら、ののも…ねっ? それにののはマロンメロンでも
 安倍さんと一緒だし…」
「…へ? まろんめろんって何だっ……ぐえっ…!?」

とっさにののの口をおさえる。

「さっ! 安倍さん! 行きましょう!」
「…いや、辻、大丈夫? 今、ピッターン!ってすごい音がしたよ…?」
「もう全然大丈夫ッス! ねっ、のの?」
「…あいぼん……すっげーいたかったのれす…」
「ははは…ののは冗談がうまいなあ…はははは…」
「いや、冗談じゃなくて…」
「ほら、早く行かないと帰りが遅くなっちゃいますよ、安倍さん!」
「…あ…そ、そうだね…」
 
148 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時40分33秒

3人で夕暮れの帰り道。
歩きながら、何話そっかなあ、なんて考えてたら安倍さんが
先に口を開いた。

「ね、まだ晩ご飯の時間には少し早いし…ちょっと喫茶店にでも
 寄ってこっか。なっち、すっごいケーキが美味しい店知ってんだよ〜」
「えっ、本当ですか〜!?」
「うんホント! よーし、今日はなっちが奢っちゃうよ〜?」

ののはケーキと聞いて満面の笑顔。わたしもやっぱり嬉しくなっちゃって、

「よっ、安倍さん! 太っ腹!」

なんて言っちゃった。

…途端に空気が重くなった。

「……いや、なっち…うん、ちゃんと痩せたから……もう昔とは違うから…」
「…のの…もうちょっと痩せたほうがいいかなあ……この前、衣装のボタン、
 はじけ飛んじゃったんだよね…」
「あっ…」
 
149 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時41分15秒

…しまった! ちゃんと言葉を選ぶべきだった!

「…あ、あのっ! も、物まねやりま〜す!」

とりあえずその場を和ませるために
いつもやってるドナルドダッグの物まねをやってみる。

「ああもう加護〜、その物まね、見飽きたってば〜。 …あ、そうだ。
 なっちもね、加護に対抗して新しい物まね覚えたんだよ〜」

ののよりダメージが少なかった安倍さんが話に乗ってきてくれた。
…よかった…これで…

「じゃあいくよ? ……ふっ…本当は三人祭に入りたかったなんて……
 …言えやしない……言えやしないよ……クックックックックッ……」

…野口さん!? ちびまる子ちゃんの野口さんがなぜここに!?
ていうか安倍さん、そんなのやったら…

「…へへ……ののはがんばったよ〜……もうレコード回しまくってね……
 …ぶんしゃかぶんしゃか〜ってね……へへへっ……」
「の、のの…」

ちょっとちょっと…空気がさらに重くなってるし…。
こうなったら早いとこお店に行ってののにケーキを…。
 
150 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時42分06秒

…なんとかお店にも到着。さっきから周りに黒いオーラを放っている
ののの背中を押して中に入る。

安倍さんに連れられてやってきたその喫茶店は、今まで
入ったことの無いようなちょっと大人な雰囲気のところで。
最初は少しだけ緊張してたんだけど、でもすぐに
お店の中にただよう香ばしいかおりとゆっくりと流れるBGMのおかげで
リラックスできた。

「じゃ、好きなもん頼んでいいよ〜」
「え〜っとえっとえっとぉ…それじゃあ…」

ののはすっごく嬉しそうにメニューに目を泳がせていた。いたんだけど…

「あ、でもケーキは1個だけよ? 辻にあまり間食とかさせちゃダメって
 マネージャーさんからもきっつく言われてるからね?」
「………えええええっ!?」

途端にその笑顔が曇った。

「…のの、そのポーズ…何…? それにその顔…」
「…あ、『ムンク♂の叫び』…」

…いや、『♂』は必要無いでしょ…つんくさんじゃないんだから……
 
151 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時42分50秒

少しして、ウェイトレスさんが注文されたケーキを持ってきた。
ののはさんざん迷ったあげく、
「やっぱりこれだ!」
と言ってイチゴの乗ったショートケーキとオレンジジュース。
わたしはモンブラン、そして安倍さんと同じコーヒー。

まずケーキを一口食べ、そしてコーヒーを口に含む。

「……にがーい」
「ほーら言わんこっちゃない。なっちのマネしてコーヒーなんて頼むからだよ。
 まだまだお子ちゃまなんだから辻みたいにジュース頼んどけばいいのにさ〜」
「むっ、お子ちゃまじゃないですよっ。もう加護は中学2年になったんですぅっ!」
「な〜に言ってんだか…ほら、もっとお砂糖とミルク入れな?」
「ん〜〜……」

しぶしぶ自分のコーヒーに砂糖とミルクを注ぎ足す。
同い年の亜弥ちゃんは1人でコーヒーもたのめるってのになあ…
…まあ歌の中での話だけどさ。でもわたしだってもうランドセルしょってる
小学生じゃないんだから…

「…いや、加護? それはちょっと…入れ過ぎじゃない…?」
「えっ…?」

あ…考え事してたら砂糖入れ過ぎちゃった…

「……あまーい」
「ははは…」
 
152 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時43分53秒

のどがやけるような甘さのコーヒーと、ちょっと甘さ控えめのケーキを
交互に口に運ぶ。

あ〜あ、こんなんだったらやっぱりののみたいにジュースたのめばよかったかな…
…ん、でもいいのだ。これが大人への第一歩ってやつなのだ。

あ、そうだ。そういえばあのこと、まだ安倍さんに聞いてなかったっけ。
とりあえず今日のことを話してみよう。

「……ふ〜ん…そういうことあったんだ……でもそれ、なっちじゃないよ」
「あ、じゃあ誰が入れてくれたかとか…知りません?」
「さあ? あまり周りとか見てなかったから…」
「そうですか…」

どうやら安倍さんでもなかったみたい。

「ま、そのおかげでレッスンもうまくこなせたんだからいいじゃない。
 いや〜、それにしても…努力する少女を影で助ける謎の人物!
 いいね〜、何かアレみたいだね〜、あしながおじさん」
「あしながおじさん…?」
「そうそう〜。あ、でもあの部屋、男の人ってあまり入ってこないから
 あしながおばさんの確率の方が高いかな?」
「…ん〜…」

そっかぁ……あしながおばさん、かぁ…
一体どんな人なんだろう。やっぱりわたしの知ってる人なのかな?
 
153 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時44分32秒

よし、じゃあ明日こそはそのあしながおばさんを見つけて……ん?

「…安倍さん?」
「ああ〜、夢があるべロマンチックだべ〜。なっちにもそんな人が
 現われたりしてくれないかなぁ〜」
「…あの…」

なんか安倍さんは胸の前で両手をくんで、斜め上を見つめながら目をキラキラさせていた。

「…ちょっと安倍さん…」
「そんで〜、そのうちその人と偶然出会っちゃったりして〜、
 『もしかしてあなたが私の…?』『そう…ずっと君のことを見ていたんだ…』
 な〜んてなっちゃったりして! いやんもう、ハズカシイ〜!」

今度は体をよじりながらテーブルをパシパシ叩いたりしてるし。
この人、ちょっと少女漫画の読みすぎじゃなかろうか。
隣りに目をむけると、ののも一緒に苦笑いしていた。

「のの…安倍さん、どっか行っちゃってるみたいだね…」
「…そうだね〜…もう夢見る少女って年でもないのにね〜」
「ちょっ…のの…!」

「…辻ちゃ〜ん? 今何か言ったのは〜…こ・の・く・ち・か・な〜?」
「いひゃっ、いひゃいれひゅあうぇひゃんっ!」

あ〜あ…余計なことまで言っちゃうから…
思いっきり口ひっぱられてるよ…
 
154 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時45分09秒

そんなことしてるうちにケーキも食べ終え、
いつの間にかもう帰る時間になっていた。

「ん…こんな時間か……そろそろお店出たほうがいいね」
「ですね」

人がまばらになってきたお店を出て、それからケーキのお礼を言って、
安倍さんにさよならの挨拶をする。

「それじゃ、また明日ね〜。 …あ、加護、今日はテレビ見て夜更かしなんか
 したりしちゃだめだよ? 明日も早いんだし」
「わかってますって〜」
「ホントかなぁ? ま、いいや。んじゃ、なっちの家、あっちだから…」
「安倍さんも〜、夜遅くまでプレステやったりしたらダメですよ〜……いふぇっ!」
「つ・じ・ちゃ〜ん? 今何か聞こえたような気がするけど〜…気のせいだよね〜?」
「ふぁいっ! ひっ、ひのふぇいれふっ! やかや、やかやふぁなひふぇくらひゃいっ!」
「…のの……」

今日2回目のお仕置きを受けているののを見て思わず笑いがこぼれた。
口をひっぱられてるののは必死でもがいてるんだけど、その姿がまた
ちょっぴり微笑ましかったりするんだよね。
 
155 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時45分50秒

一通りののの顔をいじくりまわした安倍さんはそれで気が晴れたのか、
いつものなっちスマイルを浮かべながらわたしの肩にポンッて手をのっけると

「見つかるといいね、あしながおばさん」

と言って、手を振って向こう側に歩いていった。
わたしも手を振ってそれを見送る。


「…ったく〜、笑ってないで助けてくれたっていいじゃんかぁ」
「え〜? だって安倍さん恐いんだも〜ん」
「うっそだぁ。あいぼん絶対楽しんでたよ〜」
「そんなことないって……へへっ」
「ほらやっぱり〜! もうあいぼんなんて知らないっ!」

ののは口の辺りや、ぷーっと膨らましたほっぺたをしきりに手でさすったり
しながら隣りを歩いてる。ぶすーっとした顔のまま。

「…ね、のの、あのね…ちょっと手をそのまんまにしてね、アッチョンブリケ!って
 言ってみてくれない?」
「…も〜っ! バカにしてえ! 怒るよホントッ!」
「あははっ、もう怒ってんじゃ〜ん」
「むぅ〜っ」
 
156 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時47分01秒

その後もしばらくののはムッツリしてたんだけど
お迎えの車が来るころにはすっかりいつも通りに戻っていた。
バイバイ、の後に三人祭りのチュってポーズなんかしちゃったりして。
わたしもそれにチュって返して今日はお別れまた明日。


車に揺られ、窓の外の風景を眺めて、
今日の仕事のこととか考えながら家路につく。

それで、お家に帰って、玄関をくぐったところまでは
「よーし、明日はあしながおばさんを見つけてみせるぞ」
なあんて意気込んでいたんだけど。けれどそのあと
ご飯を食べて、お風呂に入って、お気に入りの漫画を手にお布団にもぐりこんで。
そして夢の世界でいつも見ているアニメの主人公と追いかけっこをしてる頃には
あのことなんてすっかり忘れちゃってた。



あしながおばさんを再び思い出したのはそれから1週間後のこと。
 
 
 
157 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時47分50秒
 
 
158 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時48分36秒

今日は新曲のレコーディング。
みんな、張り詰めた空気の中、歌入れが始まるまでの時間
一所懸命練習をしている。
もちろんわたしも緊張していたけど…
でも体調はバッチリ。自信もたっぷり。
この日のために今まで頑張って練習してきたんだから。

少しして歌入れが始まる。
そして、何度目かの取り直しが終わったとき。

「よし加護、オッケーや」

わたしが一番最初に合格をもらえた。

「おう、お前ごっつよかったやんか、ん?」
「えへへへ…」

つんくさんも頭をなでなでしながら誉めてくれて。
もう子供じゃないんだぞ、なんて思いながらもやっぱり嬉しかったりする。

「ん、とりあえずこの後も仕事入っとるんやけど…まあまだ時間あるからな、
 その辺で適当に時間つぶしとったらええ」
「は〜い」
 
159 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時49分15秒

つんくさんに言われた通り時間をつぶそうと思って
その辺をブラブラしながら1人で歩き回ってたんだけど。
でもあまり知らない人ばっかだし、すぐに飽きちゃって
みんなが居るはずの部屋に戻ることにした。

ドアを開けると、もうレコーディングを済ませた人も何人かいて、
それぞれに時間をつぶしてた。
部屋をキョロキョロ見まわしたんだけど、ののはまだ
終わってないみたい。わたしは適当に空いてるイスに座って
足をブラブラさせていた。
 
160 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時50分14秒

何かつまんないなぁ。
やることも無いし……そうだ。

「プリクラッ」

誰に聞かせるでもなく一言そう言って
自分のバッグの中をゴソゴソする。
この前撮ったプリクラでも見ながらののを待ってよう。

…ん? なんだ?

「…これ……チョコレート?」

バッグの中には入れたはずのないチョコレートが1袋。
よく見ると桜の中に「たいへんよくできました」って文字のシールまで
貼ってある。そういえば小学校のとき、ちゃんと宿題をやってくると
先生がノートの隅にこういうのペタッて貼ってくれたっけなあ、なんて
ちょっぴり懐かしくなっちゃったりした。

でもこれ、どうしたんだろう。朝、おばあちゃんが入れてくれた…ってのは
違うだろうし…

「……あ」

それから少しの間考えて、ピンときた。
 
161 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時50分49秒

あしながおばさんだ!

そうだ、すっかり忘れてた。
あれから一週間も経っちゃってる。
お礼も言ってないまんまだし…よし、今日は見つけてみせるぞ。

とりあえず部屋の中をぐるっと見まわして……うん、まず飯田さん。
なんとなく『あしなが』っていう言葉が似合いそうだしね。

「あの〜」
「……ん〜? 加護? どしたの〜?」

紙パックの牛乳に口をつけながら飯田さんがこっちを向く。

…うわぁ…すごいクマ……やっぱリーダーって大変なんだろうなあ…
なんかすごく疲れた顔してるし……

「…なに? カオリの顔に何かついてる?」
「あっ…いえ……」

…ちょっとそのクマに見とれてたよ……
ええっと…気を取り直して…

「あの、わたしのバッグに…」

そのとき。
 
162 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時51分32秒

レコーディングを終えたののが走ってきた。

「飯田さん飯田さん飯田さーーーん!!」

…あっ…ちょっと、そのままだと……

ドンッ!

「あ〜あ……」

華奢な背中におもいっきりののがダイビング。
その衝撃で牛乳はモロに飯田さんの顔面へ。

「………つぅ〜〜じぃぃ〜〜〜……」
「ひっ……い、いいらさん……?」

…貞子! リアル貞子が今ここに!

スロービデオの様にゆらりと立ち上がる。
顔は牛乳で真っ白、濡れた髪の毛からは雫がポタポタ。
おまけにいつもの1.5割増しのクマのおかげで、今の飯田さんは
まさにリングに出て来る貞子そのもの、という感じだった。
ののはその恐ろしい形相に舌がうまく回ってない。

「……くぉらあああぁぁぁっっっ!!! お前は何してんだあああぁぁぁっっっ!!!」
「ひ、ひえええぇぇぇぇっっっっ!!!」

0.1秒で回れ右をし、部屋を飛び出して行くのの。
両手を振り上げ、それを追いかけて行く飯田さん。
2人してちょっと、トムとジェリーみたい。
 
163 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時52分13秒

しょうがない、飯田さんには後で聞くとして次は……じゃあ後藤さん。
後藤さん、やはり大物というか、なんというか……これだけの騒ぎにもかかわらず、
テーブルに突っ伏してすーすーと寝息をたてていた。

「後藤さん、後藤さん」

気持ち良さそうに寝てるところを起こすのは悪いと思ったけど
早くあの人の正体を確かめたい、という気持ちの方が強くって、
肩をゆする。

「……んぁ〜? なに、もう次の仕事の時間〜? あ〜、年とると時間が経つのが
 早いねぇ〜」

後藤さんは何だか年寄りくさいセリフを吐きながら両腕を上げて、んーっ、と
伸びをした。

「あ…ごめんなさい、まだ仕事の時間じゃあないんですけど…」
「へ? な〜んだまだかぁ。それじゃ、もう一眠り…」
「あっ、ちょっと待ってくださいっ……あの、わたしのバッグに
 チョコ入れてくれたのって後藤さんですか?」
「…チョコ? いや、あたし知んないよ〜? ってかゴメン、もし今チョコあったら
 加護のバッグに入れないで自分で食っちゃってるわ、あははっ」
「そーですかぁ…」
 
164 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時52分51秒

う〜ん…後藤さんでもなかったか…。
それじゃ次は……よっすぃーに聞いてみようかな?
そういうわけで早速、部屋の隅に居るよっすぃーのところへ。

「あのねぇ、よっすぃー…」
「……」
「…よっすぃー?」
「……バーン! バン、バーン!」
「…あの……」

鏡の前にいるよっすぃーに声をかけてみるんだけど、
全然こっちに気付かない。

「あー、加護ちゃん加護ちゃん、ちょっとこちらへ」

そのとき、後藤さんが手招きして、わたしを呼んだ。

「なんですか?」
「あのね、よっすぃー今ね…うん、キャラを作るのに必死になってるから…
 多分周りの景色とか全然見えてないと思うのね。ほら、見てみ?」

その指差す方向を見てみると、よっすぃーは鏡に向かって
指をピストルのかたちにして打つマネをしてみたり、
自分の両腕を抱きしめてブルブルと震えてみたり、
かと思えば10人祭のときにやった鶴のようなポーズをしてみたり…

「ね? だから今は…そっとしといてあげて?」
「…はい」

うん…そうだね。よっすぃー、がんばってね。
 
165 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時53分30秒

多分よっすぃーはあしながおばさんじゃない。
だって、今のよっすぃーがチョコなんて持ってたら…
きっと、おでこにチョコをのっけて、それを手を使わずに食べる練習とか、
じゃなければ、鼻でチョコを食べる練習とか……いや、さすがにこれは無いか。

ま、いいや。とりあえず次の人。
次は……保田さん。

保田さんって空き時間は本を読んでることが多いんだよね。
今日もいつものように、イスに座って静かに本を読んでいた。
…ちょっと声をかけにくいかも。

「あの〜…」
「…ん?」
「ふえっ…!」

大きな瞳がこちらをギョロリ。
わたしは思わず後ずさる。

「何?」
「あ…あの、わたしのバッグに、チョコレート入れてくれたのって…保田さんですか?」
「いや、知らない」

そして、また手元のページへ視線を落とした。
 
166 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時54分54秒

ふぅ……って何でこんなにビビッてんだろわたし。
正直、保田さんってちょっとだけ苦手。
前に、はしゃぎすぎて撮影用の小道具を壊しちゃったときに
こっぴどく叱られたからってのもあるかもしれないけど…
それがなくても、何だかいつも怒ってるみたいな感じで…
…ん、これは保田さんに失礼か。
でも本当は保田さんとももっとお話とかしてみたかったりもする。

そういえば、いつも一緒にいる梨華ちゃんは恐くなかったりするのかな。
…あ、そうだ。あのこと聞いてないのって残るは梨華ちゃんだけだよね。
そう思って彼女の方を見ると、ちょうどバッチリ目が合った。

「…ん? あいぼん、どうしたの?」

そう言って梨華ちゃんはニッコリ。

「あ、もしかしておなか空いちゃったのかな? うん、ちょうどよかった、
 私、今日ヤキ…」
「え……あ、いや大丈夫! 今おなか減ってないからまた後で…!」
「そう…?」
 
167 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時55分34秒

危なかった…。紙袋の中につっこんだ彼女の手には確かにあの、
こげ茶色の麺が入ったパックが…。

前に作ってきてくれたヤキソバを「トイレ臭い」なんて言っちゃってから
梨華ちゃん、二日に一度はヤキソバ作って持ってくるんだよねえ。
「今度は大丈夫!大丈夫だから!」とか言って。
実際、もう芳香剤の匂いなんてそんなに気になんないんだけど(でもまだ、
ほんのちょっとする。 この香りは梨華ちゃん家のデフォルトだからしょうがないのかも)
1日置きに食べさせられたらそりゃあさすがに飽きるってもの。
もし彼女があしながおばさんだったりしたら……開いたわたしのバッグの中には
チョコレートじゃなくて梨華ちゃん特製ヤキソバ……
うぅ、考えただけでも恐ろしい…

「…ねぇ、本当に遠慮しなくていいんだよ? おいしいよ〜?」
「えっ…?」

…気がついたら目の前にヤキソバを差し出す梨華ちゃんの姿があった。
こういうのを「一瞬の油断が命取り」というのかもしれない。
 
168 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時56分07秒

「い…いや、ホント、今ちょっとおなかいっぱいだから…うん…」
「もーう、そんなこと言ってちゃ大きくなれないぞっ、ほら〜」

だからいいって言ってるのに……
それに大きくなんなくったっていいもん。ミニモニだからいいんだもん。

どうやってヤキソバの宴への誘いを断ろうかと四苦八苦してるところに
ちょうどののが帰ってきた。相当走ったのだろうか、まだ肩で息をしている。
わたしは天の助けと言わんばかりにのののところへ駆け寄った。

「あっ、のの、だいじょぶだった? 飯田さんはどうしたの?」
「いやぁ〜、なんとか撒いてきたよ〜」
「そっかぁ」

さすがはジェリー、逃げ足も速い。
でも、息があがるほど走ったということは……飯田さんもあの姿のまま
スタジオ中を走り回ったわけで……スタッフさん達、ビビリまくりだったんじゃ
ないのかなぁ……

ま、いっか。
 
169 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時56分58秒

「ねえののちゃ〜ん? 走ったらおなか空いちゃったよね?ね?ねっ?
 …あら、こんなところにヤキソバが! ちょうどよかったぁ、よ〜し、
 今から私とあいぼんとののちゃんの3人で『パクッ♪ ヤキソバパーティ』を…」

いつの間に…!
ていうか梨華ちゃん…そこまでして食べさせたいんだ……
しかもそのパーティにはわたしも参加することになってるんだね…
ちゃんとヤキソバも3人分用意してあるしね………いや、まだあの紙袋が
膨らんでるとこ見ると3人分どころかメンバー全員分…?
むしろ目の前に居る今まで梨華ちゃんだと思っていた人物はオプション、
もしくはアクセサリーで、実はヤキソバの方が石川梨華本体…?

…なんて訳の分からない方向に考えがいっちゃってたんだけど、

「いや、いらない」

ののの一言でハッと我に帰った。

「え〜? そんなこと言わずにさぁ…」
「いや、いらない」

のの…! なんて頼もしい…!
わたしだったらそこまでストレートには言えないよ…
 
170 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時57分49秒

「えぇ〜…ホントにぃ…?」
「うん、いらない」
「もぅ〜…ののちゃんの、い・け・ずぅ」

上目使いで口を尖らしながら、ののの胸の辺りをツンツンと指で突っついている。
梨華ちゃん、そんな仕草、どこで覚えてきたの?

そうして、ちょっとの間2人は「いるよ」「いらないよ」で
押し問答を繰り広げてたんだけど、ちょうどそこにスタッフさんの、
「ミニモニさん、移動でーす」
という声がかかった。
これからミニモニだけ別の場所での仕事があるからバスで移動なのである。
やっと解放された、という気持ちで部屋のドアを開けようとしたんだけど、
でもそのとき。
わたしの肩に、ポン…と誰かの手が載せられた。
振り向くと、梨華ちゃんがニッコリ笑って

「あいぼん、タンポポの仕事のときにまた作ってくるからね。
 …今度は一緒に食べようね?」

メンバーでも1,2を争うほど華奢な梨華ちゃんの手が、何故か
そのときはまるで鉤ヅメのごとく肩に食い込んできてるような気がして、
わたしはただ、うん、うん、と頷くことしかできなかった。

…なんだか背中に十字架を背負った気分だ。
 
171 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時58分25秒

…まあ、ヤキソバのことはまた後で考えることにしよう。
明日は明日の風が吹くっていうしね。
レッツ・ポジティブシンキング。

少し遅れてバスへと乗りこむ。
矢口さんとミカちゃんはすでに座席で待っていた。

次の場所までたいした距離ではないけれど、
バスにゆられてほんのちょっぴり遠足気分。
そしてやっぱり遠足にはおやつが付きものというわけで
早速チョコを取り出した。
パーティサイズの大きな袋は1人で食べるには量が多いし
みんなで食べた方がおいしいに決まってる。
包みの中のほんの小さな幸せを他の人にもおすそわけ。
 
172 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時59分20秒

「ん〜! おいし〜い!」

頬っぺたをおさえながら笑顔になるのの。
ののはおやつのときが一番幸せそう。
「私とチョコとどっちが大事なの?」なんて野暮なセリフは
言わないけれど、それでも少しだけその口元にヤキモチを焼く。

「…あいぼん、どしたの?」
「へっ? あ、いや、何でも無い」

気がついたらののの顔をジッと見つめていた。
これでは、まるで飯田さんだ。
ちょっと慌てて視線をそらすと、ののを挟んで反対隣りに座ってる
矢口さんの姿が目に入った。
 
173 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時00分02秒

「…あれ? 矢口さんは食べないんですかぁ?」
「あー、あたしいらない。肌荒れの原因になるし」
「え〜? そんなこと言わずに食べましょうよ〜。ほら、おいしいですよ〜?」
「いや、だからいいって。それよりアンタ達、あんまりお菓子ばっか食ってると
 また太るよ?」
「うっ…」
「じゃ、じゃあ矢口さんもその仲間に入りましょうよ…」
「ったく、しつこいな〜!」
「うぅ……」

そのとき、体型のことを言われて苦しくなってきたわたし達に、
ミカちゃんが助け船を出してくれた。

「矢口サン! 肌荒れが恐くてチョコやナッツが食べれマスカ!?
 それに矢口サンは焼き肉大好きでショウ? 狂牛病が恐くて
 焼き肉食べるのやめマスカ!?」
「…い、いや、それは…何か違うような気もするけど……まあそんなに言うなら……
 1個だけだよ…?」

ミカちゃんのこの時期微妙な説得にさすがの矢口さんも折れたみたい。
しょうがないな、という表情で袋の中に手を伸ばす。

「……あ、結構おいしい」

もう一度、袋の中に矢口さんの手が伸びた。
 
174 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時00分43秒

結局、次の場所に移動するまでの短い時間に
袋の中身は全部無くなっちゃってた。
あんなにいっぱいあったチョコレートも4人で食べると早い早い。


収録の現場。
のののボケはいつもよりはじけてるような
矢口さんのつっこみはいつもより冴え渡ってるような
ミカちゃんの笑顔もいつもより輝いているような、
そんな気がした。
これもきっとチョコのおかげかもしれないね。
もちろんわたしだって他の3人に負けてない。
 
175 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時01分27秒

大変だと思ってたレコーディング後のテレビの収録も
あっという間に終わっちゃって、本日のお仕事はこれにて終了。
この後ラジオの仕事があるという矢口さんと、ココナッツ娘の
仕事があるというミカちゃんにさよならの挨拶をする。
ちょっとして、お迎えの車もやってきた。
さよならの代わりに「辻ちゃんです!」のポーズをするのの。
わたしも窓の向こうに「加護ちゃんです!」で今日はお別れまた明日。


車に揺られて、窓の外の景色を眺めて、
今日の晩ご飯のこととかを考えながら家路につく。

それで、お家に帰って、玄関で脱いだ靴を揃えてるところまでは
「明日こそあしながおばさんを見つけて、きちんとお礼も言ってみせるぞ」
なあんて意気込んでいたんだけど。けれどそのあと
ご飯を食べて、お風呂に入って、大好きなぬいぐるみと一緒にお布団にもぐりこんで。
そして夢の世界でくまのプーさんとハチミツ探しに夢中になってる頃には
あのことなんてやっぱり忘れちゃってた。



あしながおばさんを再び思い出したのはそれからさらに1週間後のこと。
 
 
 
176 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時01分57秒
 
 
177 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時02分47秒

今日もテレビのお仕事。
収録前に一通り台本に目を通し、飯田さんの「じゃ、今日も1日がんばろうねー」
という声を聞いて、スタジオに入る。
そしてADさんの掛け声とともに収録がスタートした。
そこまではいつも通りだったんだけど。

けれど、そこからがダメだった。

ライブのときは全然声が出なくって。
トークのときは全然言葉が出なくって。
わたしのために同じところを、何度も、何度も、撮り直し。

初めのうちは照れ笑いとかしてごまかしてたけど、
何回も失敗を重ねるうちにそれもできなくなってった。

カメラを前にして浮かんでくるのは
「昨日の夜からトークのときはあのことをしゃべろうって決めてたはずなのに」
「歌のときはあそこの部分を特に気をつけようって練習してたはずなのに」
「朝、家を出るとき、ちゃんと今日もがんばってくるよ、って約束したはずなのに」
そんな、台本に無いフレーズばっかりで。
収録は全然進まず、ただただ時間だけが過ぎてゆく。
 
178 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時03分28秒

そして何度目かの撮り直しが終わったとき。

「…じゃあ、いったん休憩とりまーす」

その声で収録が中断された。

みんなそれぞれに休憩をとっている。
けれどわたしは、気まずい気持ちでいっぱいで、申し訳無い気持ちでいっぱいで、
ずっとイスに座ったまま顔を上げることが出来なかった。
そのとき。

「…ちょっと加護、こっちおいで」

飯田さんに呼びかけられた。
何を言われるかはもうわかっている。
わたしはおずおずと立ちあがって呼ばれた方に向かった。
 
179 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時04分05秒

わたしの目をジッと見つめて、飯田さんが口を開いた。

「…あのさ、今日、どうしたの?」

そんなのわたしだってわかんないよ。今日だっていつも通りに……

「台本はもう渡してあったでしょ? 読んでなかったの?」

そんなことない、昨日から何度も目を通してた……

「また遊び気分でやってたんじゃないの?」

そんなことない……そんなことない………

飯田さんが言ってることはわかってる。
わたしが悪いんだってこともわかってる。
でも、それでもなぜだか悔しさはどんどんこみ上げてきて。

「………………いい? わかった? ……ねぇ、聞いてる?」

お説教の最後の方は、すでに耳には入ってなかった。
頭の中では、「わたしだってがんばってるのに」
その一小節だけが、ぐるぐる、ぐるぐる、回ってて。
飯田さんの言葉を受け入れる余裕なんて、もう全然無くなってたんだ。

「……ちょっ…加護、どこ行くの? アンタ…!」

今の飯田さんの顔を見てられなくて。今の自分の顔も見せたくなくて。
気がつくと、スッと反対の方向を振りかえってスタジオの出口へと走っていた。
最後まで涙を見せなかったのは、きっと、わたしの、最後のつよがり。
 
180 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時04分50秒

スタジオの扉を抜け、廊下に出たところで走る速度を緩めてく。
もしかしたら、そのときわたしの気持ちも一緒に緩んしまってたのかもしれない。

うしろから足音が追いかけてきた。

飯田さんが怒って追いかけてきたのかな。またお説教の続きが始まるのかな。
そう思いながら今来た方向へと振りかえる。

「……ねえ、待って…」

追いかけてきたのは飯田さんじゃなくて、ののだった。

「……あのさ、ほら…まだ収録あるし……」
「…………」
「…今度はうまくいくかもしれないしさ……」
「…………」
「……だから」
「…………ののはいいよね」
「えっ…?」
 
181 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時05分36秒

「………ののは……いつだってみんなから可愛がられてて……」
「……」
「……いくら失敗したって、てへてへ笑って許されて…」
「……そんな……」
「…同じうまくできたのだって、ののの方が誉められて」
「そんなこと……」

わたしは何を言ってるんだろう?
これじゃあ八つ当たり以外の何者でもない。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
こんなこと、言いたくもなかったのに。
それでも自分の意思とは反対に、口からはどんどんいやな言葉が吐き出されてゆく。
そしてそれは一度飛び出したら、もうずっと遠くに飛んでって。
どれだけ走って追いかけたとしても、どれだけ手を伸ばしたとしても、
もう元の口の中へは戻すことができない。

「……うちだって…うちだってこれでも一所懸命がんばってんねん…」
「…それは…わかって…」
「……ののにうちの気持ちがわかるんか!? わかるはずないやろ!?」
「……っ…!」
「ののの顔なんて、もう見たぁないッ!!」

ほとんど叫び声に近くなっていた言葉を切って、
また廊下の向こうへ、ののとは反対の方向へ、走った。
 
182 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時06分20秒

どこまでも続いているような廊下を走りながら、思った。

あのときわたしは一体どんな顔をして、あんな言葉を吐いてたのだろう。
最後に視界の隅に映ったののの顔は、今まで見たことのない
とっても、とっても、悲しそうな顔をしていた。
きっとわたしは、今までしたことのないほど、醜い顔をしていたんだろうね。

でもね――

そう、本当は羨ましかったんだ。
同じときにモーニング娘。に入って、同じ時間がんばってきたなかでも、
みんなより自由に伸び伸びやれてるようなのののことが、
ただそこに居るだけで、みんなの気持ちを和ませれてるようなのののことが、

ずっと、ずっと、羨ましかったんだ。
 
 
183 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時07分07秒

どれだけ走ったかわからないほど走って。
そして、誰も人がいない廊下のところまで来て、
そこに置いてある硬いベンチに、座った。

ふと、腕時計を見る。
もうとっくに休憩時間も終わってる頃だろう。
けれど、今更スタジオには戻れない。

収録、さぼることになっちゃうかなあ。
それとも、あそこでストップしたままになってるのかなあ。
そんなことを考えながら、下の方を見つめてた。
 
184 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時07分50秒
 
185 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時08分30秒


「…………ん…」

そうやって、ずっと考えごとをしてるうちに
いつのまにかウトウトしちゃってたみたい。
気がついたら窓の外から差しこむ真っ赤な夕日が
わたしの顔を照らしてた。

「…結局…さぼっちゃった」

どうしよう。みんな怒ってるだろうなあ……
明日からのことを考えたらちょっと涙がこぼれそうになったけど、
また、グッとこらえて目をこする。

「……あれ?」
腕を上げて気がついた。
わたしの背中にかけられてたのは、1枚のカーディガン。
どっかで見たことがあるような気がするんだけど…
でも、誰のものか思い出せない。
 
186 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時09分21秒

「とりあえず…荷物……」

本当は、すごく楽屋には戻り辛かったけど……でもあそこにはバッグとか
置きっぱなしにしたまんまだし、そのまま帰ることはできない。
もしみんなと顔合わせちゃったりしたらどうしよう、って考えると
少し足が震えたけど、背にかけられていたカーディガンを胸のところで
ギュッと握って、歩き出した。

だんだんと楽屋の入り口が見えてくる。

「………開いてる……」

少しだけ開いてる楽屋のドア。
誰か居るのかなって思ってその隙間から中をこっそり覗いてみた。


そのとき…見てしまったんだ。

あしながおばさんの正体を。
 
 
187 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時10分11秒

中に1人だけ居たその人は、わたしのバッグのところでなんかゴソゴソ。
それが済むと、周りをキョロキョロしながら、まるで忍者みたいに
壁づたいにドアの方に向かってきて…
わたしも何故か、みつかっちゃいけないような気がして
急いで廊下の角のところまで走った。

その人がわたしとは逆の方向に去っていったのを確認した後、
楽屋の中に入る。
部屋の中はもう他の人の荷物とかほとんど残ってなくて、
そういえば今日はみんな早い時間で仕事が終わりだってことを思い出した。
とりあえず、自分のバッグのところに行って、それを開いてみる。
 
188 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時10分55秒

中に入っていたのは、1箱のビスケットと…1枚の手紙。
ビスケットの箱には、子どもの顔と、『つよいこになる』って
文字がプリントされていた。ちょっとだけその箱を見つめたあと
中の2パックのうちの1つを開き、一口、口の中に入れて、
そして手紙の方も開いて読んでみる。


「……あいぼんが……いつも頑張ってるのはみんな……知って…………
 ………リーダーもきっと……………」
声に出して読んでたけど……けれど、もう途中で言葉にならなくなっていた。


瞳に映ったその暖かい優しさに、
口の中にふわりと溶けたそのやわらかな優しさに、
さっきまで頑なになっていた心は春の日差しに照らされたように
ゆっくりと、ゆっくりと、溶けていって。
さっきまで必死にがまんしていた涙は、まるで雪解け水のように
どんどん目から溢れてきて。
そして涙は手紙の最後のとこに描かれていた、
ちょっとだけ不恰好な、体と手足が細い線になってる猫の上に
ポツリと落ちて、その絵をちょっとだけ滲ませた。
 
189 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時11分41秒

わたしって現金だ。

たった1枚の手紙に、たった1枚のビスケットに、
こんなにも、こんなにも、心は満たされて――――
 
 
190 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時12分12秒
 
191 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時12分50秒

何度か手紙を読み返し、そして何個目かのビスケットを
口に含んだとき、ののの顔が目に浮かんだ。

いつもだったらわたしの隣りにはののがいて。
いつもだったらわたしの隣りで一緒にお菓子を食べていて。
でも今、隣りにあるのはガランとした寂しげな空間だけ。

なんてことを言ってしまったんだろう。
なんて酷いことを言ってしまったんだろう。
ののに謝らなきゃ。
電話なんかじゃなくて、直接会って謝らなきゃ。
もしかしたらもう帰っちゃったかもしれないけど、
そしたら、ののの家まで行ってでも――

まだ流れていた涙をグシグシと手でこすって、
楽屋の出口へと走った。

そのとき。
 
192 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時13分39秒

ちょうどドアを開けたところで、誰かと思いっきりぶつかった。

「…いったーーー…い……」

「……のの…?」
「あ…あいぼん……よかった、まだ帰ってなかったんだ」
「のの……ごめん、わたし……」
「あ…ちょっと……」
「ごめん、本当にごめんなさいっ……わたし……ののに酷いこと……」
「あ、いや…そんな……全然怒ってないよ……」

ちゃんと謝りたいのに。ちゃんと謝らなきゃなんないのに。
さっきまで流れてた涙がまたいっぱい溢れてきて、うまくしゃべることができない。

「…ほら、もう泣くのやめて……なんか子どもみたいだよ」
「…子どもだもん、まだ、ののよりいっこだけ子どもだもんっ…」
「んー……困ったなあ……」
「だって……だって……」
「えーとほら……あれだよ、泣き虫キャラはのののものだからぁ…
 あいぼんが取っちゃったらだめだよー」
「でもっ……」

いくらそう言われても、涙を止めることができなかった。
 
193 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時14分15秒

「…ん〜…どうしよ…………ん? …あっ、お菓子発見! さてはあいぼん、
 一人占めしようとしてたな〜?」
「へっ…?」

「いえ〜い! これ、も〜らいっ!」
ののが、バッグのとこまで行って、開いたままになっていた
ビスケットの箱を頭の上に持ち上げる。

「あ、こっちにも食べかけみっけ! あいぼんがいらないんならこれも
 食べちゃおっかな〜」
「もう…ののってば〜…」
「へへへ〜」
 
194 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時14分52秒

わたしもやっと涙を流すのをやめて。
そしてののと一緒に、残りのビスケットを食べた。

「いやー、でも久しぶりにあいぼんの生の関西弁聞けたなー」
「あ、それは…」
「中澤さんとはなかなか会えなくなっちゃったしー、今度
 関西弁が聞きたくなったらあいぼんを怒らせてみよっかな〜」
「なんでやねん!」

そう言って、普通につっこむ代わりに、のののおなかをぷにってつかんだ。

「あ〜! やったな〜!? あいぼんだって人のこと言えないだろ〜」

わたしも同じようにおなかをつかまれる。
その後はもう2人しておなかの肉をつかみ合ったり、
顔をぐりぐりってやり合ったり、そして、思いっきり笑い合ったり。

しばらくして、もう外の世界が夕焼けの赤色から夜の紺色に変わったころ、
ののと手をつないで楽屋を出た。
 
195 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時15分33秒

2人で廊下を歩いていると、ちょうど前から歩いてきた保田さんと会った。

「保田さん…」
「お、2人とも、今帰り?」
「あ、はい…」
「そっか。あたしもちょうど今仕事が終わったところなんだけどね」

ウソばっかり。本当は保田さんは今日とっくに仕事が終わったこと
知ってるのだ。でもそのことは口には出さない。

そういえば、片手に抱えてたカーディガンのこと、思い出した。
ちゃんと返さなきゃ。

「…そだ、これ…ありがとうございま…」
「…は? なにそれ、加護も年寄りくさい趣味の服持ってるねえ」
「え……いや、これ…やす…」
「まあ、まだまだ夏だっつっても夜は冷えるから…風邪ひかないように
 ちゃんと着て帰んなさいよ?」
「あ…」
 
196 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時16分10秒

「んじゃ、明日も仕事だから、2人とも遅刻すんじゃないわよ?」
「あ…はい…」
「は〜い」

ののと2人で返事をすると、保田さんは「ん」って頷いて、わたし達の頭を
ポンポン、ってやると、また歩き出した。
一瞬ぼーっとしてたんだけど、ふと我に返り保田さんのとこへと走る。

「…ん? なに?」
「あっあのっ…ありがとうございました」
「はぁ? あたしゃアンタに礼を言われることなんてなんもしてないよ?」
「え…でも…」
「それじゃ、あたしは人待たせてるから。また明日ね」

そう言って振り返らずに手を振りながら、
また保田さんはわたしから離れてゆく。
廊下の向こうを見ると、安倍さんが壁によりかかっていた。
 
197 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時16分45秒

安倍さんが保田さんに気付き、その後わたしにも
気付くと、こっちに軽く手を振ってニコッて笑った。
わたしも手を振って、のののところに戻る。

「ねぇ、どうしたの? なんか話してたみたいだけど」
「ん〜、なんでもない」
「ふ〜ん」

ちょっと不思議そうに聞くののに、あいまいに答えた。
もう一度向こうを見ると、保田さんと安倍さんも
なんだか楽しそうに話をしてる。
きっと待たせてる人って安倍さんだったんだね、
そう思って、もう1回、今度は大きく手を振った。
ののも安倍さんに気付いて手を振りながら、
ちょっと、いや、かなり大きな声で2人に呼びかけた。

「保田さんも〜、安倍さんも〜、ご達者で〜!」

…向こうの2人が思いっきりコケた。
のの…その言い方はある意味、かなり失礼だよ……。
 
198 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時17分40秒

建物の外に出て、お迎えが来るまでの帰り道。
もう外はすっかり暗くなっていて、ちょっと冷たい風が
吹いていたけど、ずっと繋いでいたののの手と、
ちゃんと羽織ったカーディガンと、そして何より
ふところにしっかりしまってある手紙のおかげで
ぜんぜん寒いことなんてなかった。

他愛もない話をしながらてくてく道を歩いてるうちに、
前の方からお迎えの車がやってくる。
 
199 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時18分17秒

「じゃ…また明日…ね…」
「うん、それじゃ…」
「あ……のの、今日はありが…」

最後にののにもありがとうを言おうと思ったんだけど…
でも、それを言い終えないうちに、ののにチュッてされてしまった。

「ちょ、ちょちょちょちょっとののっ…!」
「へっへっへー、これ、中澤さんに教わったんだよね〜。
 辻、唇を奪うときは相手が油断してるうちにブチュッてするねん!
 相手に隙を与えたらアカンで!ってね〜」
「だだ、だからって…!」
「てゆっか、私も前にこれでやられっちゃって悔しかったからぁ
 あいぼんにもやってみたんだけど、どうよ?」
「い、いや、どうよ言われても…」
「うわ、あいぼん顔真っ赤! キャワウィーッ!」
「そっ、そんなことあらへんわっ!」
「それじゃ、まったね〜!」
「ま、まったね〜って…」

そう言うと、ののは向こうの方に走っていってしまった。

「くっ…この恨みはいつか新メンにでも……」
 
 
200 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時19分06秒


なんか熱くなっている顔をパンパンッて叩いて車の中に入る。


車に揺られて、今日のこと、のののこと、それに、
あしながおばさんのことを考えながら窓の外を眺めていた。


そんな考え事をしているうちに、お家に到着する。
ただいまを言って、玄関のドアをくぐって、ちゃんと靴をそろえ、
部屋に戻って普段着に着替えをする。

おばあちゃんに今日のことをお話して。いっぱいいっぱいお話して。
お話をしながら、ごはんを食べて。
そのあと、お風呂に入って、枕元にきちんとたたんだカーディガンを置いて。
もう一度だけ手紙を読み返したあと、お布団にもぐりこんだ。

そして――



今夜見るのは、きっと、あの人の夢。
 
 
 
201 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時19分54秒

  ◇  ◇  ◇
 
202 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時20分36秒

いつもの楽屋。
みんな出番がくるまで、話をしたりお菓子を食べたり
それぞれに好きなことをしている。
その横をチラッと見ると、やっぱり今日も本を読んでいた。

あの時以来、わたし達の間では手紙のやりとりが続いている。
いくらお礼を言おうと思っても全然知らん振りするから、
わたしも手紙にありがとうを書いて、あの人のバッグのところに
置いてみたのだ。そしたらそれに返事が返ってきて、わたしもまた
返事を書いて…という具合。

いつも近くにいるのに、そんなことするのはおかしく見えるかもしれないけど…
けれどそのおかげで、あの人の意外な一面とか、いろいろ知ることができた。

今日ももちろん手紙を書いてきている。でも……
たまには直接お話してみるのもいいかな。
 
203 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時21分42秒

「保田さ〜ん」
「…あ? 何よアンタ……ちょ、ちょっと何いきなり腕にぶら下がって……」
「えへへ〜」
「いや、だから暑苦しいって…」

それを見たののも、真似してもう片方の腕にぶら下がる。

「だーかーらっ! アンタ達は何をしてるんだって!」
「いいじゃないですか〜」
「よくないっつーの! 重ッ! 腕、めっちゃ重ッ!」
「へへ〜」

「あ〜ら圭ちゃん、モテモテで羨ましいこと〜」
それを見ていた後藤さんが茶化す。
安倍さんは何も言わず、ただニコニコしている。

「全然羨ましいことあるかっての! こらっ、2人ともっ!
 …あーもう! 肩痛いから早く離れなさいって!」
「う〜わ〜、圭ちゃん、もう四十肩〜? おばさんくさぁ〜」
「お圭さん、寄る年波には勝てませんなぁ」

よっすぃーもそれに混ざってきて保田さんを囃したてる。

「だっ、誰がおばさんだっていうのよッ! あたしゃまだ二十歳で…」
「いんや〜、圭ちゃんはもうおばさんでしょ〜」
「な、なっつぁんまで! アンタ、現時点ではまだアタシと同い年なのよ!?」
「でもねぇ〜」
 
204 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時22分24秒

「ホント、アタシはまだおばさんなんて言われるような年じゃ…」
「……」

うん、知ってるよ。
保田さんはまだまだそんな年じゃない。

「保田さんはおばさんじゃありませんっ!」
「お、加護! よくぞ言ってくれたッ!」

保田さん、実は結構少女趣味なところがあったり、
すっごい涙もろかったりするところがあるのも知ってるよ。
でもね。

「お、加護ちゃんは違うんだ〜」
「そうですよ。保田さんはおばさんじゃなくてですねぇ…」
「おばさんじゃなくて?」
「ほら、加護、言ってやんなさい、アタシはお姉…」
「保田さんはぁ……おばちゃんなんですっ!」
「なッ!」

保田さんは、すっごく頼り甲斐があって、実はすっごく優しくて、
それで、すっごく暖かくて、でもちょっぴり正直じゃないとことかあって…そして…

「ちょっとアンタ、おばさんもおばちゃんも全然変わりがな…」
「いいんですっ! 保田さんはわたしのおばちゃんなんですっ!」
「ちょっ……もう……」


そう。素敵な、素敵な、わたしのあしながおばちゃん。

 
 
205 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時23分00秒

          ― fin ―
 

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