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fly higher than the stars

 
97 :木多娘。 :02/04/20 00:39

数え切れないほどの星たちが空を泳ぎまわっている、ある晴れた夜のこと。
こっそりのぼったビルの上、となりには見慣れた顔が座ってる。
彼女の手にはシャボン玉のストロー。
私の手にもシャボン玉のストロー。
紡ぎ出されるまんまるは、空を目指して
ふわふわ、ふらふら、ふわふわ、ふらふら――――

98 :木多娘。 :02/04/20 00:40
 
明日の仕事はお休み。久しぶりに彼女が私のうちにお泊りすることになり
夜更かし用のおやつを買おうと入ったコンビニ、私の目にとまったのは
ちょっと派手な包装で、けれどちょっと懐かしい感じのするシャボン玉セット。

「え〜、のの、もう子供じゃないんやからぁ」
それを持った手にかけられた言葉のお供は、でも、苦笑いとかじゃなくて。
口ではそんなこと言ってるくせに実は興味しんしんって表情、私は見逃さない。

よし、買っちゃおう。
すでにおかしやジュースでいっぱいになりかけてるカゴに
シャボン玉セットを放りこんだ。

うちの窓からだとあれだから、まっすぐ帰らないで、
もう一度、ビルの方に引き返す。
ちょっとだけドキドキしながら、2人並んで屋上に。

99 :木多娘。 :02/04/20 00:41


カラフルなストローからぷくっと顔を出し、やがてその先を
離れていったまんまるは、ふわふわ、ふらふら、形を変えながら
ゆっくり空へと上ってゆく。
今晩は風があまり無いから途中でこわれることもなく、ふわふわ、ふらふら。

「……ねえあいぼん、これ、どこまで上っていくんだろうねえ」
何度目かのまんまるがストローを離れ、私が言った。

「えっ? どこまでって……」

                                        .

100 :木多娘。 :02/04/20 00:41


「―――んなもん、わからんよ」

ちょっと笑いを含んだ言葉をのせて紫色の煙が上っていった。
まだ季節は春だったから――そう、それは蚊取り線香のけむりなんかじゃなくて、
やっぱりあの人の口から上っていった、タバコの煙。
ああ、中澤さん、タバコ吸うんだ。歌を唄う人なのにタバコなんて吸っちゃ
だめですよ。そんなセリフが少しだけ浮かんだけれど、それは口には出さなくて。

「どこまで上るんやろねえ……」

私は静かに彼女の言葉を待っていた。

101 :木多娘。 :02/04/20 00:41

モーニング娘。から卒業するって聞かされて。
頭ではそのこと、わかっているんだけど、けれど、でも。
いつまでたっても涙が止まらなくって。

ちょっとだけ恥ずかしくて、誰も居ない廊下の
自動販売機の前でグズグズやってると、
そんな私の肩にポンッと誰かの手がのせられた。

「辻ちゃんどしたぁ? こんなところで」
「あ……その……」

私の肩にのせられたままのキレイなネイルアート。
さっきからずっと目をごしごしこすってばかりのフカ爪気味の手。

中澤さん、ちょっと私の顔を見つめると、フッ、と笑って
「屋上、行こっか」って。

102 :木多娘。 :02/04/20 00:42

屋上から広がった景色はもう日が暮れかけていて、
少しづつ、星がその姿をあらわしてきてる。
見上げた空、まだ完全には夜の色じゃないんだけど、でも
赤い、ともいえない、紫色…ってのも少し違って……
こういうの何色っていうんだっけ? ええっと………あ、そうだ。
ラベンダー。空の色、ラベンダーの色になっていた。

「おっ、もうこんな時間なんか…」

両腕をふわっと伸ばす中澤さん。ちょっとだけ空に向けられた表情は
伸ばした腕とおそろいみたいに、なんだかやわらかかった。
けれども私、やっぱりグズッた顔はそのまんまで。

「なんで……やめちゃうんですか?」

そんな言葉を中澤さんになげかけた。

103 :木多娘。 :02/04/20 00:42

中澤さん、ちょっぴり困ったような顔になると
「なんや、辻ちゃんがそない悲しむとは思ってもなかったわ」なんて言う。

「辻ちゃん、ウチのこと恐い言うてたやんかぁ。ん?裕ちゃん知っとるんやで?
 逆に恐いおばちゃん居なくなってスッキリするんちゃうの?」

そうやって、にやにやしながら。なんかちょっとイジワルだ。
こんなときにそんなこと言わなくてもいいのに。

「…でも……だって、中澤さんいなくなったら、いっしょにおかし食べれなく
 なっちゃうし、おひざにものっけてもらえなくなるし……」
「って、おい…ウチは辻ちゃんにとってお菓子とヒザだけの存在かい……」
「それに、あと…なかざわさんいなくなっちゃったら、モーニング、むすめ、だって……」
「ちょ、おいおい、また泣きだしよって……これじゃウチが苛めてるみたいやん。
 こんなとこ矢口に見られたら……」

だってそう。中澤さん、イジワルするから。私もちょっとだけ、
お返しのつもり。……か、どうかは実は自分でもわからなかったけれど。

104 :木多娘。 :02/04/20 00:42

「それにな、裕ちゃん、モーニングは卒業するけど、ハロプロには
 まだ残るんやで? また一緒に仕事するときだって結構あるて」
「ん……」
「……ああもう……なんちゅーか……」

そのとき中澤さん、もう一度空をチラリと見ると、
「せや、月や。ウチは月なんよ。あの空に浮かんでるお月さん。
 ああやってな、いつでも…あ、お月さんって昼間でも出てるんやで、知ってる?
 ああそう。それくらいは知っとるよな、うん。
 それでな、ああやって…ちょっと離れとるけど、いつでもみんなのこと、
 もちろん辻ちゃんのこともな、ちゃーんと見てるんやで? で、たまに
 辻ちゃんが悪さとかしとったらな、こう…お仕置きよ!ってな」
「へっ…?」
なんか、えいっ、って、ポーズ決めてる。
私、ぽかーんとしちゃって。多分口も開きっぱなし。

「……なんや、その顔」
「いや…」
「え、ええやん、美少女戦士セーラー裕ちゃんやん! 月に代わってお仕置きやん?」

なんだかそれ見てたら、中澤さんが長ーいスカートのセーラー服着て、
すっごく恐い顔で仁王立ちになってる姿が思い浮かんじゃって。
私、思わず、「プッ…」っと吹き出しちゃった。

105 :木多娘。 :02/04/20 00:43

「ちょっ、何で笑うねん! そこ笑うとこちゃうがな!」
「だってぇ……“美少女”戦士って……」
「美少女やんか! 裕ちゃん、まだまだめっっっちゃ美少女やんか!」
「え〜?」
「しっ、失礼なやっちゃなぁ! 何がおかしいんや! ポーズ?
 こうか? これならええんか!」

そうやって、今度は違うポーズをえいっ、って決める。
でもそれ、さっきよりももっと変。
私、もう笑いが止まらなくて。おなか抱えて大っきな声で
ずっと笑いっぱなし。

106 :木多娘。 :02/04/20 00:43

さんざん笑って、おなか痛くて苦しくなるほど笑い続けて。
そしたらいつのまにか、さっきの涙なんてもうどっかにとんでっちゃってた。
目の前の中澤さん、肩でゼエゼエ息してる。

「…はぁ……もうええわ……。どうせな、辻ちゃんにとってはな、
 ウチなんて……そう、結局はお菓子とヒザだけの存在なんよ……へっ……」
「あっ…いやそんな……」

グッタリと屋上の柵に寄りかかった顔は、でも、本気でイジケてるわけじゃなくて。
私はそれを確認すると、もう一度クスッって笑う。

「……今夜は星、いっぱい出とるなあ……」
「あ…はい」

気がついたら真っ暗な空に星がキラキラ輝いていた。
そういえば、こうやって空を見たの、久しぶり。
ちょっとの間それに見とれてると、ふと、私の視界の隅を煙が
ふわぁ、ってのぼってった。
中澤さんの指には、いつ取り出したのかタバコが一本。
普段、お父さんが吸ってるのよりもちょっと細長いやつ。

107 :木多娘。 :02/04/20 00:43

私、その上ってゆく煙を目で追いかけて、
「中澤さんのお月さま、一番大っきくて、いっぱい、いっぱい、光ってますねぇ」
中澤さん、上を見てる視線をちらっとこっちに降ろすと、
「そやなあ……でもま、一番大っきく見えるのは…なんや、月がこっから
 一番近いから――ホンマは他の星の方がずっと、ずっと、大きくて、
 ずっと、ずっと、高ぁーいところにあるんよ」
「ふぅん……。
 …じゃあ、この中でどれが一番高いところにあるのかなぁ……」
「ははっ、どれやろねぇ」

数え切れないくらい夜空に広がってる星を1個1個見てみるんだけど…
…んー、やっぱりわかんないや。

108 :木多娘。 :02/04/20 00:44

一番高いところにある星。そっからこっちを見おろしたら、一体何が見えるんだろう?

「……んー…何が見えるんかな……。月から見た地球は青かった、なんて
 言葉は聞いたことがあるけどなあ……」

なんか私、いつのまにか思ってたこと、口に出しちゃってたみたい。
中澤さん、夜空を見上げるとフッて息をついて、
「……もしかしたら…なっちやごっちんあたりなら、知っとるのかもなぁ……」
小さい声で、ひとり言みたいに。
「えっ?」
私、聞き返すんだけど、中澤さん、
「……はははっ、なんでもない、なんでもあらへんよ」って。
もう短くなってるタバコをもう1回、大きく吸うと、
やわらかく、ふぅって煙をはきだした。

109 :木多娘。 :02/04/20 00:44

ビルの明かりに照らされて、ゆっくり、ふわぁっ、って
煙が空へと上ってゆく。

「この煙、どこまで上っていくんでしょうねえ」
「んなもん…わからんよ」

なんだか私、その答えにちょっとだけ頬をふくらませて。
「んー…」ってすると、
「あ、いやいや、あのな、裕ちゃん、理科の時間は居眠りばっか
 しとったからな、うん…」
中澤さん、ひらひらと手をふりながら。
「どこまで上るんやろねぇ……」

「お星様のとこまで、のぼっていきますか?」
「え? …う〜ん……どやろなぁ。上の方にいけば、もっと風かて強いやろし…
 雲になってふわふわ浮かぶのかもしれんし、雨に混じってまた降りてくるのかも
 しれんし、もしかしたら……」

                                              .

110 :木多娘。 :02/04/20 00:45


「―――途中で、消えてしまうかもなあ」

あいぼん、私の顔を見ると、ちょっと困ったみたいに。

「だって、ののも学校で教わったやろ? なんやったっけ……なんとか圏?
 その…上には雲やらなんやらいっぱいあるし、鳥とかに割られちゃったり
 するかもしんないし……」
「そだね……」

そして2人とも、黙っちゃう。
隣りをチラッと見ると、あいぼんの口、少し、とんがってた。
私、慌てて、
「あ、いやいや、別に怒ったりしてないって!」
「そぅお?」
「てゆーかねぇ、一応中学生だよ? そんな、上の方には
 さっきあいぼんが言ったやつがあるのも知ってるし、
 ふつーに考えたら…」
「…じゃ、上にあるなんとか圏の名前、なんていうん?」
「えっ…? それは、その……」
「なあ、なんていうん?」
「……………けん」
「は? よく聞こえんかったけど?」
「…………ろけん」
「へぇ?」
「いろいろ圏っ!」
「…プッ、なんやそれ! そんなん、聞いたこともあらへんわ!」
「いーんだよっ! いっぱいいっぱいあるから、まとめてそう言うのっ!」
「なーんや、ののも結局知らへんのやないかぁ」
「知ってるよっ! そ、その、なんだ、ほら、あれだよ、
 来々軒とか、高倉健とか、いろいろっ」
「じゃあ何か? 空の上では料理人のおっちゃんがラーメン作ってたり
 健さんが『不器用ですから…』なんて渋いセリフ言っとったりするんか?」
「もしかしたらそうかもしんないじゃん!」
「んなアホなぁ」

111 :木多娘。 :02/04/20 00:46

さっきの重い空気の空気はどこへやら、2人して
「けん」のつく言葉、言いっこし始めて。
たまにあいぼんが、ものまねやったりして
それを見た私がまた大笑い。

結構な時間が経って、あいぼんが「ふぅ」と一息ついた。
ポケットからとり出した携帯の時間を見ると、9時40分。
もうそろそろ帰った方がいいみたい。

あいぼん、シャボン玉のストローを手にとると、
ふぅーって息を吹き込みだした。
私もストローを手にとると、
2人そろって、静かにふぅーって。
ゆっくり、静かに。
これが終わったら、おうちに帰ろうって。

112 :木多娘。 :02/04/20 00:46


目の前で少しづつ大きくなってくシャボン玉。
ゆっくり。ゆっくり。

…ねえ、もし。もしもだよ? そんなことは万に一つも
起こらないとは思うけど。もしも、ね。
このシャボン玉、こわれないで、ずっと、ずっと、空の上にのぼっていって、そして。
あのお星様まで、ううん、あのお星様よりも高くとんでいったら。
そっからは、何が見えるんだろうね?
私にはそんなこと、想像もつかないけれど――けれど。だから。

少しづつ、少しづつ、大きくなってくシャボン玉。
自分の息と、もう一つ、私の思いをほんのちょっぴり。
あまり込めすぎたら重くてとんでゆけないかもしれないから、ほんのちょっぴり。
あ、でも…もうちょっぴり、込めてみようかな?
うん、ちょっぴり+ちょっぴりで、ちょっと。
ほんの、ちょっと。

やがてシャボン玉は、フッ…とストローから離れてゆくと、
空へ向かって、ふわふわ、ふらふら。

頼りなさげに、でも少しづつ上に。
私の息と私の想いをのせたシャボン玉。
空へ向かって、星へ向かって、
ふわふわ、ふらふら、ふわふわ、ふらふら――――

                                   .

113 :木多娘。 :02/04/20 00:47

fin.



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