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煙草の煙
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- 90 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時26分57秒
「……まったく……ホンマに…暑い……」
思わず声に出してしまった。
私は真夏の太陽が照りつける中、1人で道を歩いている。
お盆の時期ということで福知山の実家に帰り、
墓参りへと向かっているのだ。
モーニング娘。にいた頃は忙しくてそんなことしてる暇などなかったが
今、卒業した身となってはこういうこともできるわけである。
といっても仕事がまったく無くて暇を持て余しているというわけではない。
……いや、本当に。
- 91 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時27分42秒
しかしこの暑さ…ちょっと異常だ。
お日様もさっきからジリジリジリジリ…
これでは家に帰るまでに真っ黒になってしまう。
いくらUVカットのファンデーションを塗ってるといっても…
…東京に戻った後の矢口の嬉しそうな顔が目に浮かんだ。
『裕ちゃん黒すぎー! 石川とおそろいだね、キャハハハハ!!』
といった感じの。
ま、笑いがとれるんならそれでもいいか…
…ってアカン! ウチ、みっちゃんとはちゃうねんで!
- 92 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時28分14秒
ふぅ…車で来ればよかっただろうか…。
いや、しかし前日ほとんど寝ていないということもあり
やはりこれでよかったのだと思うことにした。
墓参りに行く人間が途中で事故など起こし、自分が参られる立場となっては
冗談にしても笑えないから。
そのようなことを考えながら道を歩いていると、声をかけられた。
実家の近所に住んでいるおばさんだ。
「裕子ちゃん、テレビで見とるよー、ホンマに頑張ってるよねぇー」
「あ……ありがとうございます…」
「そんじゃーねー」
「どうも…」
普段テレビに映っている姿を見られていると思うとつい照れが入り、
少々他人行儀になってしまった。
だが、やはり嬉しいものは嬉しいのであり、自然に顔がほころんでしまう。
そんなときにまた違う人に声をかけられた。 いけない、こんな顔をしていては…
…いや、いいか。 さっきのような対応をするというのもせっかく声をかけてくれた人に
失礼だ。私はそのにやけ顔を自然な笑顔に戻し、応えることにした。
- 93 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時28分56秒
「あ、中澤裕子さんですよね。いつも頑張ってる姿、テレビで見てます」
「どうもありがとうございますぅ」
「それじゃ、失礼しますー」
「はい」
よし。今度はうまく対応できただろう。
そのことに少しばかり満足しながらまた歩き出す。
その後、道で声をかけられるたび、私はにこやかに対応した。
「頑張ってますよねー」
「頑張ってくださいね」
「頑張っとるよなぁ」
…もう10人ほどに声をかけられただろうか。
私は今の人が向こうへと歩いていったのを見送ると
辺りを見まわした。
…いない。
- 94 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時30分24秒
…気のせいかもしれない。
私の脳裏に、あの大小2人組が浮かんでいたが
それを心の奥にしまうとまた道を進む。
しかし11人目に声をかけられたとき。
「ホント、頑張ってますよねぇ」
その女性に向かってつい言ってしまった。
「これ、ヤラセェ!?」
「…………は…?」
女性は何を言ってるのか分からないという表情の後、
少しこわばった笑顔を残して去っていった。
…しまった…
…よっしー…ちゃうで……これ、ヤラセとちゃうで……
- 95 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時31分18秒
まあ少し考えれば当たり前のことだ。
こんなところに貴さんや中居君がいるはずないのである。
…いや、100%いないとは言いきれないか……もしかしたら
そこの塀の影にうたばんスタッフが…
…何考えてんだか。
暑さのせいで思考力が少々鈍っているのだろう。
そう、暑さのせい。 夏のせいか〜な〜♪ などと恋にKOのメロディに
のせて歌ってみるのもいいかもしれない。 いや、いいわけない。
おまけにさっき父の墓に供えるための日本酒を買ったついでに
帰ってから飲もうと思って500ml缶のビールまで買ってしまった。 しかも6本パック。
その重さも手伝ってか、ますます疲労の方が増す。
何故帰り道で買わなかったのだろうか。 自分の愚かさを呪った。
ふぅ…もうさっさと急ぐことにしよう…
そう、この道を歩く。まっすぐ歩く。
なぜならそこに道があるから…
…そろそろ本気で頭の方がヤバイ。
頑張れ私、目的地はもうすぐ。
- 96 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時31分55秒
…やっと着いた。
私は早速父の墓の前に行き、
持ってきた花を供え線香を上げる。
ワンカップの日本酒のフタを開け、墓石の前に置く。
そして手を合わせた。
…これで一段落だ。
私はほっと一息つくと、おもむろにバッグから
煙草のケースを取り出した。
煙草。
モーニング娘。にいるときは一切吸うことは無かったのだが。
吸うようになったのは卒業してからだった。
- 97 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時32分29秒
のどに悪いのは判っている。 だが、今までメンバー達と
いたあの空間……その場所に1人でいるようになると
何故か吸わないではいられなかった。 もちろんその空間とは
物理的な空間、例えば楽屋などではなくて…そう、精神的なものとでも
言えばいいのだろうか。
あの喧騒が自分の周りから消えた日、私は何年かぶりに煙草を吸った。
そしてそれをきっかけに…寂しさを感じるたび、嫌なことがあるたび、
煙草を吸った。 本数は増え、もちろんそれとともに酒の量も増えていった。
この前歌番組で歌ったとき、そのせいで音も外してしまった。 石川並に。
…いや、これは石川に失礼か。
- 98 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時33分19秒
その点やはりみっちゃんはプロだ。彼女は煙草の類は一切やらない。
この前、居酒屋でうっかり煙草を出してしまったときなど、思いっきり
叱られたものだ。
そういえば。
父の墓と居酒屋で昔のことを思い出した。
ハッピーサマーウエディング。その中での私のセリフ。
初めてそれを聞かされたとき、私はやりきれなかった。
父はすでに他界している。それなのに…
つんくさんは何を考えているのだろうと思った。
そのことで酒を飲みながら妹に愚痴ったりもした。
…まあそれも今は昔のことであるし、
もうテレビの画面の中では歌うことも無いのだろうが。
- 99 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時34分03秒
…どうやら父の墓を前にして感傷的になっているらしい。
昔のことを振り返るのはやめておこう。
そう自分に言い聞かせると取り出したままになっていた煙草を
口にくわえ火をつける。
そして大きく煙を吸いこんだ。
「ふぅ……」
吐き出した煙は風に流されすぐに消えていった。
- 100 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時34分45秒
「………あれ…?」
眩暈。
いや、煙を吸いこんだときの、あの貧血にも似た感覚は
いつものことであるのだろうけど。
「やば…」
それにしてもこれはちょっとひどい。
私は立っていることができず、その場に――、
墓石の一番低い所に座り込んでしまった。
この暑さにやられたのだろうか。
眩暈は止まらない。
そして私は――そのまま、暗い闇の中へと、落ちていった。
- 101 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時35分32秒
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- 102 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時36分19秒
「……うっ…」
…ここはどこだろう。
私の額には…濡れたタオルが置いてあった。
それを退け、周囲を見まわす。
家…?
そこはついさっきまでいたあの霊園ではなく、
私の家、そう、実家だった。
「…うち…どしたんやろ…?」
頭の中がぼーっする。
「…ったく…熱にやられて運ばれてくるなんざ…」
そのとき、誰かが部屋の中へと入ってきたようだった…が、
誰の声なのかはわからない。
私は目を覚ますためにポケットからまた煙草を取り出し
それに火をつけようとした。
そして…
- 103 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時36分51秒
「ぅおいっ! 何してんねん! ガキが煙草吸おうなんて10年早いわ!」
…その煙草を取り上げられた。
私はその、さっきまで口にくわえていた煙草を持っている手の主を見る。
…ハァ?
「…アンタ…誰よ?」
「なっ…!」
いや、『誰?』という言葉は正しくなかったかもしれない。
その顔を私は知っていた。 知っていたが、どう考えてもここにいるはずの
無い人物であったから……つい『誰?』と聞いてしまったのだ。
- 104 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時37分36秒
「おっ…お前っ……実の父親に向かって『誰よ?』だなんて…!」
「…いや…あの…」
「ううっ……ひどい……ひどいわ……うううううっ……」
「……」
そう言ったかと思うと、彼は部屋の隅っこに行って体育すわりを始めてしまった。
…なんだこりゃ?
……ああ、そうか。 夢を見ているんだ。
私は父の墓参りに行って…そしてあまりの暑さにやられて
そのまま意識を失ってしまったのだ。
こういうときはこう…頬っぺたをつねって…
「…痛っ…」
…いや、まだ足りないのだろう。 どうしても自分では加減してしまうから。
私はその…さっきから部屋の隅で体育すわりのまま腕に顔をうずめて
オヨヨと泣いている彼に声をかけた。
- 105 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時38分15秒
「ちょっと…頬っぺたつねってみてくれへん?」
「グスッ…なんでやねん…」
「ええから!」
「…わかったわ…」
そして彼は…私の頬を思いっきりつねった。
…そうとう痛い……いや、でもまだ……
「もっと強く…」
どんどん力が加わっていく。
本当に痛いけど……いや…まだまだ……………クッ…
「痛いわボケェ!!」
「うわっ! だ、だってお前がつねろ言うたやんか!」
「そ、それにしたって…もうちょっとうまくやらんかい!」
「んなこと言われても…」
- 106 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時38分51秒
…とりあえず夢ではないのだろうか。
私は『夢』以外の可能性を考えた。
…そうだ! もしかして!
私は部屋を見渡し…鏡を見つけると嬉々としてそれを覗きこんだ。
…なんだ。がっかり。
そこに映っていたのはうら若き少女などではなく…
そう、少し疲れ気味の顔をした、いつもの私が映っていた。
額のしわもそのまんまだ。
「はぁ…」
…夢でないのならば、もしかしたら昔にタイムスリップでもしたのかと思ったのに。
あの、可愛い可愛い『ゆゆたん』に戻ったのかと思ったのに……
- 107 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時39分54秒
「…ったく…さっきからおかしなことばかりして……なんや? 暑さのせいで
ホンマに頭がやられてもうたんか?」
彼…私の父が言った。
私はそれを聞き流し、「もしかしたらちょっとは若返っているんじゃないか?」
などと、しきりに鏡の角度を変え、それを覗きこんでいた。
…我ながら諦めが悪い。
「…おい…人の話を聞けって…」
「……」
「…おい…裕子………おいっ!」
「……」
「……ふんだ! もうええもん! アホ裕子ッ! アホ裕子のアホォッ!!」
そう『アホ』という単語を繰り返すと彼はトテトテと走り去っていってしまった。
まるで辻が走るかのごとく。
…私の父ってこんなにおちゃめさんだったっけ…?
- 108 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時40分23秒
もう何が何だか分からない。
頭を抱えながら台所へ行き水を一杯飲むと、
居間へと向かった。
父がテレビを見ている。高校野球の中継だ。
さっきの落ちこみようはどこへやら、
夢中になってテレビにかじりつき、応援をしていた。
自分のひいきの高校でも出ているのだろうか。
- 109 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時40分56秒
私はちゃぶ台の向かい側に座り、その姿をぼーっと見ていた。
よくもまあこれだけコロコロと表情が変わるものだ。
見ていて飽きない。
だがしばらくして、その表情がだんだんと曇ってくる。
終いには怒りだし、リモコンを勢いよくつかんだかと思うと
テレビのスイッチを切ってしまった。
大方、応援していた方の高校が負けてしまったのだろう。
「あ〜っ、気分わるッ! ったく…もうええっ、裕子、ちょっと付き合えっ!」
「……はぁ? 付き合うって…何をよ?」
「決まってるやん、これやこれ」
そう言って彼がちゃぶ台の上へと取り出したのは日本酒の瓶。
この男、真昼間から酒を飲もうとでもいうのであろうか。
- 110 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時41分31秒
「ちょっ…アンタ、昼間っから酒なんて…」
「ええってええって、どうせ今日は誰も居らんから」
「いくら誰も居ないゆうても…」
「なんやねん、酒ぐらい付き合ってくれてもええやん。 もう大人になったんやろ?」
「いや、そういう問題やなくてやな…」
「この前テレビでもやってたやん、裕ちゃんを大人にしよ〜っ! …って」
「なっ…」
この男…! よりによって矢口の真似を…
しかもさっきは私のことをガキとか言って煙草取り上げたくせに!
「ほら、グダグダゆうとらんとはよコップ持ってきい」
「……はぁ……もうええわ……」
…呆れて反論をする気にもなれず、私は台所からコップを持ってくることにした。
- 111 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時42分05秒
「はいよ…これでええか?」
「おうサンクス、ってなんや、結局自分の分もコップ持ってきとるやん。
やっぱお前も飲みたかったんやろ? ん? 素直やないなぁ」
「……自分から付き合え言うたやんか」
「ほら、まあ一杯飲みぃ」
「……」
もうどうでもいい。 そう思い、私はコップになみなみと
注がれた日本酒を飲み干した。
…よく冷えていて美味い。
最近ビールばかりだったけど、日本酒も悪くないなと思った。
ふと向かい側を見ると父も美味そうにそれを飲んでいる。
- 112 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時42分52秒
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- 113 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時43分32秒
それから何を話しただろう。
大阪へ出てOLの仕事をしたこと。
生活するためにやむを得ず夜の商売をしたこと。
モーニング娘。になって3年間リーダーを務めたこと。
そのモーニング娘。を卒業し、ソロへの道を歩み出したこと。
気がつくともう窓の外は日が落ちかかっていて。
部屋の中にも薄くかげが差しかかっていた。
「……電気つけよか?」
と、聞いてみたが父は、
「…いや、ええわ。 こういう中で酒飲むんもオツなもんや」
そう言ってまたコップを傾けた。
- 114 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時44分11秒
彼はおもむろに煙草の箱――私から取り上げたものから
一本それを取り出すと口に加え火をつけた。
私はその姿を見つめている。
「……どした? そないに人の顔ジロジロ見て……なんや、惚れたか?」
「何言うてんねん……アホか…」
「ははは…」
そして彼はもう一本煙草を取り出すと、こちらへ投げてよこした。
「…今日だけやからな。 ホンマは歌唄っとるやつが煙草なんて吸うたらアカンねんで」
「……」
私はそれに口にくわえ、火をつける。
- 115 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時44分56秒
最初の一息を吸い、煙草を持った手をちゃぶ台の上へと置いた。
そこからは薄い紫色――、私の好きな紫とはまた少し違った紫色の煙が
立ち上っている。
父が口を開く。
「…正直、裕子とこうやって酒飲む日がくるなんて思ってもみんかったなあ」
「……」
「あの小生意気なクソガキがこないに立派な、ええ女になりおって…」
「……」
「……なんや、ホンマに嬉しいわ…」
「……」
「いっつもテレビで活躍してるの見てんねんで…」
「……」
何故か私は何もしゃべることができなかった。
左手に持った煙草は最初の一口から吸われることは無く、
紫色の煙を上げながら刻々とその先端を灰へ変えていっている。
このままでは灰がこぼれてしまう…
そう思ったとき、やっと、一言だけ言うことができた。
「おとん…」
父の顔がぼやけて見えるのは煙のせいだろうか?
それとも――
- 116 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時45分46秒
ジリッ…
そのとき、フィルターまで達した煙草の火が私の指を焦がした。
- 117 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時46分21秒
「……ほらな、やっぱり」
顔を上げればそこはさっきの霊園。
燃え尽きた煙草は私の手を離れて地面に落ち、
それでもまだ薄く煙を立ち上らせていた。
「……なんやねん…」
それは夏の暑さが見せた幻。
「…こんなもん見せるなんて……」
――マッチではなく煙草に火をつけた少女、いや、女は――
「……ったく……」
――大好きだったおばあちゃんではなく、父の姿をその火の中に見ましたとさ――
「……おとんも人が悪いわ……」
私はもう1度墓石の方へと振りかえる。
- 118 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時46分59秒
そしてバッグの中からビールを取り出しフタを開くと
その半分をすでに空になっていたワンカップの日本酒の容器へと注ぎ
自分も缶の残り半分を一気に飲み干した。
- 119 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時47分52秒
「ッカァーーッ! ビールが喉にしみるわあ!」
傍から見れば、「何をしているのだ、この女は」と
思われるような光景だっただろう。
けれど、私はそれをやめなかった。
なぜなら。
真夏の焼けつくような日差しにもかかわらず一滴も汗が出ていなかったから。
地面に落ちた煙草はすでにその火が消えていて、煙など一本も立ち上ってなかったから。
汗が入ったわけでも、煙がしみたわけでもないのに
目から涙が溢れてくることへの言い訳を他にみつけることができなかったから。
- 120 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時48分29秒
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- 121 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時49分20秒
セミがやかましいくらいに声をあげて歌っている。
私はポケットの中に入っている煙草の箱を取り出し、
「…これ、おとんに預けとくわ」
父の墓石の下へと置いた。
もう1度彼の方を振り返ると
バッグを肩にかけ、実家へ戻る道を歩き出す。
その足を1歩踏み出したときセミの鳴き声に混じって聞こえた
『裕子、いつでも見守ってるで』
その声は、私のそらみみだっただろうか。
- 122 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時50分05秒
そしてまた歩きだそうとし…
『新曲もちゃんと聞いとるで…………もせでな』
私は踵を返して父の墓のもとへ戻り、
バッグから親戚、知人に配ろうと思って持ってきた新曲のCDを
10枚ほど取り出すと、それを墓石に飾り始めた。
まるでクリスマスツリーの飾り付けのごとく。
『おっ、おいっ…ちょっとやめ…!』
「……」
『ちょっ、マジでやめえって! めちゃめちゃ恥ずかしいがなそれ!』
「いやあ、今日はホンマ、うるさいくらいにセミが鳴いとるなあ」
『…あっ…そ、そんなぁ………クスン…』
ざまあみさらせ。裕子姐さんのエンジェルボイスをMP3で聞こうなんざ
100万年は早いのだ。
そうして飾り付けも終え私は、
「余った分はあの世の飲み友達にでも配っとかんかい!!」
そう叫ぶと、よく晴れた青空に向かって大声で笑いながら家路へとついた。
- 123 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時50分38秒
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- 124 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時51分42秒
空へと向かって笑いながら帰り道を歩き、思った。
30歳まであと2年、いや、正確には1年と10ヶ月。
三十路を向かえたとき、私はもう一度ここへ帰ってくるだろう。
今なんかよりも、ずっと、ずっと、いい女になって、帰ってくるだろう。
そしたらその時はあの男に、あのクソ親父に言われたセリフをそっくりそのまま返してやろうか。
「どや、惚れたか?」って――。
- 125 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時52分29秒
― Fin ―
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